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西炯子『娚の一生』小学館 フラワーコミックスα

  少女漫画の高齢化。

  近頃さいきん何でもかんでも高齢化ですわ。ヒロイン35歳、相手役52歳、場所は過疎化が始まった気配のする田舎町。地方と東京、地方の産業構造、バリキャリ女性の生きる道……まったくキラキラ要素がないにもかかわらず、内容は正しく少女漫画なのである。

  映画は見ていない。ヒロインに榮倉奈々というのは悪くはないがベストだろうか?と思う程度だが、相手役の豊川悦司は絶妙なキャスティングだと納得した。しっかりおじさんに見えなくてはならず、しかもかっこよくあらねばならない、だって少女漫画のヒロインの相手役なのだから。豊川悦司ならやれるだろう。

  漫画事情にうとい化石のようなわたしだが、だからこそ思う。これはすごい。だってまるでわたしが知っていた昔の漫画ではないか。この題材でも少女漫画は成立するのだ。

  繰り返すが、正しく昔ながらの少女漫画で、高齢化した少女たちのための物語だ。

 

 

  

かすかにゴロゴロ

  お腹ではなく、雷が。

  今ざあっと小一時間でも降ったら、今夜と明日の早朝は過ごしやすくなりそうなのに、その気配は薄い。雷鳴はだんだん遠くに。

喫茶店で長時間すわっておりますと……

   隣席からいろいろなお話が聞こえてまいります。今日はなんでしよう、身成風体きちんとした60代とおぼしきお二人のダミ声の紳士。不動産のお仕事をなさっている社長さんらとお見受けしましたがー

  この方々が「うちの三田の山」とか「ミナミのあの土地」とか「あれはホテル、せやな客室120くらいがせいぜいやな」などとお話しされているのを聞いておりました。お金の話もふんだんに。「400万で買うて1200万で売った」とか「最終的には1億6000万」など、ビッグマネーが出てまいりました。また他の席からは、沖縄の国際通りで何をあれしてこう儲ける、みたいなお話も聞こえてくるんであります。ちよっと投資詐欺めいた感じで、勝手にハラハラしたりするんであります。

  かと思えば、若いカップルの会話から「でじるでわる」。なんのことかと思いつつ、お料理のお話らしく、思い当たったのはたぶん「出汁」。あーそっかーなるほどね、と。

暑い

  今年初めての水シャワーをした。解禁ラインは、最高気温34℃くらいだろうか。

  食欲がわかない。夕食は無しでいいかと思ったが、野菜とタンパク質が必要だ。

  野菜を1日350g。はてなの常識。わたしもだいぶと習慣にしているところだが、今日は全然足りなかった。ナスをごま油でいためたのと、イワシの刺身を食べた。

 

 

 

 

お笑いと政治は、相性が悪い

  演芸の分野で。

  近頃さいきん、わたしが演者であるとするならば、ネタにしたくなる政治ネタには事欠かないが、これを皆が笑う話にするのは難しそうだ。

  客席に座る者として言うならば、政治的文脈のネタはいろいろ考えてしまうゆえ、高座からは聞きたくない。

  そのようなネタが投下された会場では、演者の想定をはるかに上回る波紋が、客席の人々の内面に生じているような気がして、その時の心持ちは楽しいものとは言いがたい。

  思想信条、主義主張、表現の話ではなく、相性の問題だと思う。

  

 

 

見た夢・疲れる夢

  わたしと相棒に追っ手がかかり、車で逃走する場面から始まるロードムービー。なぜ追われる身となったのか、その理由は不明。

  街の端まで猛スピードで飛ばしてきたら、ひどく川幅のある大河が現れた。川には巨大な鳥かごのような形の吊り橋がかかっており、これを渡らなければ街の外に逃げられない。車は使えない。身一つで登って渡るしかない。わたしは夢の中でも高所恐怖症であり、ギブアップ。

  仕方がないので、その辺境の田舎町に潜伏することになる。風呂屋を営む家の納屋に相棒とともに隠れ住む。

  だかしかし、あっさりと密告されて、再び逃走劇。風呂屋もグルか? いや、ちがうらしい。風呂屋の親父は善人だった。そして殺戮はつづき、最後には誰もいなくなるサスペンス仕立ての結末。

 

・・・

 

起きた時、ひどく疲れていた。

 

 

夏が来たので

 

 

 

池の上に森ができて、

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  茎と葉っぱがぐんぐんと背をのばして、

  すくっとした蕾が姿を見せて、

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  ハスが咲いた。

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  早朝に開いて昼過ぎには閉じるというから、早起きのわたし向きの花で、たしかにほぼ満開のところしか見たことがない。

  午後になると、いったん開いた花が閉じて蕾に戻るというが、その瞬間を見てみたいものだと思った。

  だかしかし、閉じるといっても一瞬の出来事ではないはずで、昼下がりの炎天下、池の端で30分だろうか1時間だろうか、じっと花を注視する作業は骨が折れそうなので、わたしはやはり早朝に池へ行くことにする。