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有吉佐和子『和宮様御留』講談社文庫

 幕末に徳川将軍へ降嫁した和宮仁孝天皇の娘、孝明天皇の異母妹。14代・家茂の正室。彼女を題材とした物語。


 東下を嫌がった宮の替え玉説は有名だが、この小説がそれにどの程度寄与したか、わたしは知らない。しかしながら、なかなか「本当らしく」感じられる物語。物語の進め方はストイック。読者に簡単にはえさをやらない、徹底した構成が堅固で美しい。


 というのも、本書の語り手は章ごとに変わる。その章の語り手が知らないことは、言及されるが明らかにはされない。そんな感じで、降嫁決定前後から明治に至るまでの20年近くを描く。この案件の当事者である語り手が次々と読者の眼前に現われ、次の章へ進むと新たな語り手によって別の視点や出来事が立ち現れるわけである。
 

 数多くの語り手の中で、もっとも読者にとって不案内な演者は、宮の替え玉とされた少女「フキ」である。フキは宮と同い年。公家屋敷で下働きをしていた。親のいない捨てられ子、貧しく頼りのない生い立ちながらも、夏場の水汲みで井戸水の冷たさに喜びを感じるような、生き生きとした快活な少女だった。それなのに、いかな因果か何が何だかわからぬまま輿に乗せられ江戸に向かうことになってしまう。基本的人権も自由も希望も、そんなへったくれはなにもない。


 フキはむろん文盲であり、激動の幕末政局など知る由もない。最初から何も与えられていないのだ。公家が長い間大事大事に誇りすがってきた文化の輝きなど、そんな腹の足しにもならぬものに縁もゆかりもない。彼女に皇女の替え玉を演じることができるわけもない。そんなフキが語り手である間、読者にもたらされる情報はきわめて少ない。それでもそのまま、まあまあ長いあいだ物語は進むところがストイックで良い。


 この語り手のリレーは、後半になるにしたがって意味があると判明する。語り手が交代しながら、和宮に関する巷の噂と謎を回収していく。終盤のある1章の仕立て方は、とても鮮やかだと思った。


 語り手が変化しても変わらず作品を通じて全体を覆うものがある。女房言葉、公家言葉、上流武家によるおおげさな挨拶、型通りの儀礼。これらは読んでいてほんとうに嫌になるほどしつこく繰り返されるわけだが、それは作者の意図であることが、「あとがき」で明かされる。

 壮大な無駄。それを何にむすびつけて考えるかは読む人にゆだねられているのだろう。「あとがき」で明かされることがもう一つある。それはまあ、そこまで物語であると、わたしは思った。